本土に渡ったノネコ1000匹 猫も希少種も守る「ノネコ引っ越し作戦」

 東京都心から約1000キロ・メートル離れた小笠原諸島で野生化した猫を、本土でペットにする「ノネコ引っ越し作戦」はご存じだろうか。希少種の野鳥や小動物を襲うノネコを殺処分するのではなく、東京都獣医師会の有志が引き取り、一般家庭に譲渡する世界的にも珍しい取り組みだ。本土に渡ったノネコは実に1000匹を超える。(読売新聞東京本社科学部・宮沢輝夫)

始まりは1枚の写真

 太平洋に浮かぶ小笠原諸島は、独自の進化を遂げた動植物の宝庫で、2011年に世界自然遺産に登録された。人が住んでいるのは父島と母島でノネコもここにいる。

 登録に先立つ2005年、母島の岬にノネコがはびこり、カツオドリなど海鳥を食べていることがわかった。ノネコは、ペットの猫が捨てられたり逃げたりして山中で繁殖し、野生化したと考えられている。人に頼ることなく、自分の力で獲物を狩って生きている猫たちだ。

 東京都獣医師会副会長(当時)の小松泰史獣医師のもとに、NPO法人小笠原自然文化研究所から電話がかかってきたのは、その年の5月。母島の岬で捕獲したノネコの安楽死の方法を相談する内容だった。「こちらで引き取り、新しい飼い主を探しましょう。愛情を注いで接すれば飼い猫になります」。小松獣医師はとっさに答えた。「希少種も猫も両方守りたい」との思いからだ。 その数日前、小笠原自然文化研究所が岬に設置した自動撮影カメラは、決定的な場面を写していた。茶色い虎毛(茶トラ)のノネコが、自分よりも大きなカツオドリの首をくわえて歩く姿だった。全長70センチ前後のカツオドリを襲うほどだから、小笠原に生息する動物のほとんどが、ノネコの獲物になることは確実だった。

 小笠原自然文化研究所が捕獲カゴを仕掛け、最初に捕まったノネコは計4匹。茶トラのノネコはことのほか暴れまくり、小さな猛獣そのものだった。

 このノネコは青年漫画誌で人気だった茶トラの猫にあやかり「マイケル」と名付けられた。小松獣医師が一番手ごわそうなマイケルを引き取り、残り3匹は仲間の動物病院が受け持った。定期船で丸1日かけて本土に運ばれたノネコたちは、シャーシャーと威嚇の声を上げ、かみつこうとさえした。 小松獣医師は動物病院で、マイケルをケージに入れて飼育した。人がそばにいる場所にあえてケージを置き、人は怖くないことを自然と覚えさせた。最初はペンで頭や体に触れ、やがて手でもなでることができた。ただ、「かなり懐いたと思って私が外出し、院内に妻と女性スタッフだけになったとき、マイケルは態度を変えて威嚇するそぶりを見せた」と小松獣医師。それでも2か月半ほどで抱っこに成功し、マイケルは日一日と穏やかな猫に変わっていった。

 マイケルは性格だけでなく、見た目も変化した。捕獲時に約3キロ・グラムだった体重は2倍以上の7キロ・グラム近くになった。様変わりしたマイケルの存在は、ノネコも人に懐き、ペットになることができる証明だった。2008年には環境省がマイケルを主人公にした啓発絵本「島ネコマイケルの大引っ越し」を作り、ノネコを生み出さないために飼い猫の適正飼育を呼びかけた。当のマイケルは2016年、推定15歳で大往生している。

希少種が復活

 〈小笠原のネコ飼ってください〉――。東京都西東京市の中川動物病院に置かれた看板だ。今月16日にも、丸1日の船旅を終えたノネコが1匹やってきた。動物病院で暮らしながら、新たな飼い主が現れるのを待つことになる。

 こうした形で東京都獣医師会では約150の動物病院がノネコの引き受けをしてきた。手を挙げる動物病院と譲渡を希望する一般家庭はほぼ横ばいで推移しているという。

 小笠原のノネコが本土に渡るまでの流れを、少しこまかく説明すると次のようになる。
 まず、環境省が中心になってノネコを捕獲し、父島の港近くの「ねこ待合所」(通称ねこまち)で一時的に飼育する。ノネコの世話は小笠原自然文化研究所のスタッフが担い、ねこまちでの様子(体調、人なれ具合、駆虫薬を与えたか、など)を毎日記録する。引き受ける動物病院が見つかると、東京都職員が本土に運んでいく。約6日に1回の定期船を運航する小笠原海運(東京)はノネコを2匹まで無料で乗せている。

 小笠原自然文化研究所の公式サイトには、ノネコと暮らす一般家庭からの近況報告が載る。「家族として迎えられて幸せ」「この子と出会えて良かった」「まだ警戒心は解けてないものの、かわいいツンデレぶりを発揮しています」など、写真とともに家庭での暮らしぶりが報告されている。筆者も2019年11月に父島で捕獲されたノネコを飼っており、ならすまでに時間はかかったが、今では帰宅時に玄関まで走って出迎えてくれるほどに懐いた。
 このノネコの引っ越し作戦は世界的にも前代未聞であるようだ。世界自然遺産に登録される1年前の2010年、小笠原を訪れた国際自然保護連合(IUCN)の調査官は「人道的なやり方ですばらしく、良い意味でびっくりした。NPOや住民が参加し、環境教育の機会にもなっている」と、その取り組みを評価した。

 昨年、本土に渡ったノネコはついに1000匹を超え、父島のノネコは推定50匹前後とかつての推定200匹前後の4分の1まで減った。小笠原村では新たなノネコを生み出さないよう、猫の室内飼いが義務化され、飼い主がわかるマイクロチップの装着率はほぼ100%。今ではマイケルたちによって壊滅的になったカツオドリが再び繁殖するようになり、推定40羽と絶滅寸前だったアカガシラカラスバトは10倍の推定400羽まで増えた。

 一方で、国内外の島でノネコが問題になり、対応に苦慮しているケースも少なくない。小笠原自然文化研究所でノネコ対策を担当する佐々木哲朗副理事長は「小笠原は島の規模が比較的小さく、東京都獣医師会の協力を得られるなど恵まれている。それでも母島のノネコ捕獲が一部を除き進んでいないといった未解決の課題も多い」と強調する。

 環境省の河野通治・希少種保全推進室長も「ノネコ問題への取り組みは一様ではなく、その地域の特性や状況を考慮しながら丁寧に進めていく必要がある」と話す。

猫と人とのより良い関係

 「古くからのペットであり、元来はハンターであるという二つの顔を持つことが、猫という動物の難しいところだ」。動物学が専門の山田文雄・沖縄大客員教授は指摘する。
 山田客員教授らが共訳した鳥類学者とサイエンスライターの共著には、米国で「野放し猫」によって殺される鳥類が年間1.3億~40億羽(中央値24億羽)になるとの記述がある。野放し猫とは、野良猫と放し飼いの猫の総称だ。

 今でこそ日本の都市部では室内飼いが一般的だが、かつて猫は放し飼いが当たり前であり、その猫は飼い主の知らぬところで「人家周辺の野鳥や小動物を食べていたと考えられる」(山田客員教授)。猫は肉食であり、当時のエサの定番だった猫まんま(米飯にみそ汁をかけたもの)では、たんぱく質が足りないためだ。

 猫の立場からすると、目の前にいる小動物が絶滅寸前の希少種であろうが、ゴミ箱をあさるドブネズミであろうが、エサであることに変わりはない。そして島のノネコとかつて放し飼いだったペットの猫のどちらもが、優れたハンターであるという事実も変わらないのだ。

 こう見てくれば、ノネコの問題は島以外に住む人も、無関係とは言えないだろう。せっかくの猫の日。家族や友人らと、猫と人とのより良い関係を考える日にしてみたい。

 ※この記事は、2月22日の「猫の日」に合わせた読売新聞とYahoo!ニュースとの共同連携企画です。

本土に渡ったノネコ1000匹 猫も希少種も守る「ノネコ引っ越し作戦」

大阪・道頓堀川でニホンウナギが獲れた『あの発見』がニュースになったホントの意味を知っていますか?専門家に聞くと「生物多様性の保全に新たな切り口」

「道頓堀川でニホンウナギ獲ったどー!」。毎日放送テレビのバラエティー番組の成果を、NHKをはじめ関西各局、全国ネット番組、ラジオ、一般紙、スポーツ紙、地方紙など1週間で60を超えるメディアが報道した。

確かに、道頓堀川で絶滅危惧種が獲れたことは、耳あたりの良いニュースであるように思える。ところが一部の人たちの間では、以前から道頓堀川にはウナギはいると知られていたし、実質釣りができない川であるにもかかわらず、夜こっそり釣り上げて食べる人もいたと聞く。

ではなぜ《道頓堀川でニホンウナギが獲れた事は大きなニュース》なのか。そのホントの意味を、テレビ・ラジオで20年に渡り生き物ニュースを解説してきた『お魚博士』、元MBS報道局解説委員の尾㟢豪が解説する。

ニュースになった2つの理由

まず1つは、【公の記録がなかったという科学的目線】だ。大阪市は20年来定期的に道頓堀川で生態調査を行なっているがニホンウナギの存在は確認できていなかった。その理由は、大阪市が公的に行っている生物調査は、投網と言う漁具を使い、河川に広くどのような生き物が生息しているかを調査するもので、特定の魚種を狙ったものではないからである。

そんなエアポケットに目をつけたのがバラエティー番組『関西ジャニ博』だった。バラエティーという要素が実は大きい。通常のニュース番組なら、誰かの調査結果、もしくは誰かの調査の様子を取材させてもらうことはあるが、自らが特別採捕許可を取り、ロケの許可を取り、観光船の往来を止め、ダイビング調査してまで大掛かりなロケをするような事はなかなかない。バラエティーだからこそ、道頓堀川のニホンウナギはその姿を現すことができたのだ。

もう一つのポイントは。ニホンウナギという生き物が、【古より日本人の食文化に深く浸透している生き物という文化人類学的な興味】だ。人々の生活に非常に近しい存在で、さらに絶滅危惧種のニホンウナギが、大阪にとってシンボリックな象徴の道頓堀川で、初めて確認できたということは、大きなニュースとして取り上げられる結果となったのである。

大阪・道頓堀川でニホンウナギが獲れた 『あの発見』がニュースになったホントの意味を知ってますか? 絶滅危惧種に指定した専門家は「生物多様性の保全に新たな切り口」

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